sleeping drug
どうしようもない苛立ちと、無力感。
こんなはずじゃなかったのに、と、幾度思ったことだろう。
先の大戦の時も、その後も。
そして、今も。
俺が今、していることは何だろう。
守りきれたと、思っていたものは何だろう。
何を・・・守れると、思っていたのだろう。
それとも、俺の手は、結局壊すことしかできないのだろうか。
こんな、何かに苛まれるような夜。
それを、ひと時忘れる方法を、アスランは知っている。
無理にでも、眠る方法を。
・・・誰でも、いいから。
適当な相手を、探せば良いのだ。
副長が簡単に引っかかりそうだけれど。きっと後が面倒だよな。
エイブス整備班長、ヤードバース操舵長、艦医の先生。
そこまで思い浮かべて、アスランは首を振った。
『君がいると、人間関係がおかしくなる』
以前、この組織の中にいた時に、言われた言葉だ。
ここで、過去の轍を踏むわけにはいかない。
なら、薬でももらおうか。
そう思ってアスランは、照明を落として部屋を出た。
明日もまた、『戦争』をしなければいけないのだから。
医務室の前に座り込む、赤い軍服。
シンの姿を見つけて、アスランは立ち止まった。
この中では、医療スタッフが昼夜を問わず、あのエクステンデットの少女の解析と、治療に当たっているのだろう。
そう思うと、入るのもためらわれ、代わりに、立ち上がって酷く情けない顔を見せたシンに、中の様子を聞いてみる。
「あの子の様子は、どうだ？」
「変わりません」
「そうか」
連れ帰った後の酷い様子と、少年の必死のさまを思い出し、アスランは緩く息を吐いた。
「俺たちにも、何か、してやれることがあったらいいのにな」
事が生化学や医療の分野だけに、シンやアスランはでは何の役にも立たない。
しかしシンは、その言葉に目を見張った。
「なんで」
命令違反で、あの子を連れ帰ったことを、この人は怒っていると思っていたのに。
「なんでって」
首を傾げたアスランは、一拍おいて、シンの言いたいことを理解した。
自分は、よほど頭が固いと思われているらしい。
「確かに、お前がしたことは重大な命令違反だ。艦長が庇ってくれなかったら、大事になってたぞ」
もちろん、アスランも口添えした。
言い訳は、苦手なのだけれど。しかし最後に付けた、あの時点で彼はアスランの指揮下にあり、責任は自分にあるとの言葉は、効いただろうと思う。
自分が腫れ物扱いなのは、良く知っているから。
「でもっ」
赤い瞳が光を宿し、アスランに食ってかかろうと振り仰ぐ。
ああ、やっぱり、こいつはこういう顔をしている方がいい。
「でもお前、守るって言ってただろ。あの子のこと」
ディオキアの、暗い海辺で。
必死になって、そう言っていただろう？
「・・・はい」
勢いを殺がれ、シンはこくりと頷いた。
「なら、ちゃんと守ってやれ。俺で良ければ、力になるから」
シンは、信じられない思いで上官を見つめた。
こんなふうに言ってもらえるなんて、思わなかった。
何故、あんなことをと叱責されるものとばかり思っていた。
それなのに、守れと言ってくれた。
力になるって、言ってくれた。
今、シンはまた、何もできなくて。
辛くて。
そんな言葉でさえ、無性に嬉しい。
「はい」
この子は、ちゃんと守れるといい。
アスランはそう思う。
俺は、守れなくて。
終いには、守るべきものすら見失って。
この子は、そんなふうにならないといい。
ちゃんと、守れると、いい。
少年の、まっすぐな赤い瞳。それがまっすぐに、アスランを射る。
「隊長の、守りたいものとかって、何ですか」
この人も、何かを守る力が欲しくて、軍に入ったのだと聞いた。
それは、何だろうと思う。
しかし、アスランは何も言わず、床に目を落としてしまう。
長めの髪に、半ば隠された横顔。
それが、泣いているように見えて、シンは思わずその藍色の髪に指を伸ばした。
するすると、気持ちよく指を滑るそれを、ゆっくりと、撫でる。
わずかな熱が、指先に伝わった。
青年はぴくんと身を震わせて顔を上げ、シンは慌てて手を引く。
何やってんだ、俺。
「すみません」
しかしアスランは、シンを見つめて、ふっ、と瞳を和ませた。
見たこともないような、切ない笑みだった。
「いや、ありがとう」
それが、何に対する礼なのかを問う前に、アスランも手を伸ばして少し跳ねているシンの髪に触れた。
「シン」
その手が、今、シンがしたように優しく、撫でてくれる。
「守りたいものも、守らなくちゃいけないものも。ちゃんと、守れよ」
「はい」
何か、大きな力を得たように、シンは大きく頷く。
今もベッドに拘束され、薬で眠らされているあの子。
ちゃんと、守らなくちゃ。
今度こそ。
髪の間、わずかに残る、少年の指の感触。
指に感じる、彼の体温。
この子、は。
たぶん、弱っている自分が物珍しいのだ。
だから、あんなに反発していた自分に、こんなふうにしてみせる。
アスランは、努めて冷静にそう思った。
思おうと、した。
でなければ、この手にすがってしまいたくなるから。
誰でも。
誰でも、良いのだけれど。
それが、自分に優しくしてくれる人ならば。
少しでも、優しくしてくれる人ならば。
これほど、良い相手はいないのだから。
「シン」
それでも、何とか自制心をかき集める。
どう考えても、子供は駄目だ。
それも、こんなに傷ついている子供、食い物にしてどうする。
「戻って、少し休め。もうちょっとましな顔になったら、あの子もちゃんと思い出してくれるかも知れないだろ」
実のない慰めだと、自分でも思う。
それでも頷いた少年を、促して。
途中で、ココアを買って、押し付けて。子供じゃないと怒る彼の前で、自分の分も買って見せて、笑って。
お互い、弱っているのがわかるから、困る。
恐らく無意識だろうけれど、シンはもの欲しそうに、尻尾を振ってついて来て。
「あんたも、なんかヒドイ顔してる」
そんなことを言って、アスランの顔を覗き込んできたりするから。
「ああ、そうだな」
なるべく、つっけんどんに言ってみたけれど。
「ちゃんと寝てんですか」
そんなふうに、心配しているようなことを言うから。
優しいみたいなことを、言うから。
「眠れないから、薬をもらおうと医務室に行ったんだ。そうしたら、お前がいて」
「あ・・・ごめんなさい」
「いや、あそこは今忙しいだろう。邪魔をしても、悪いし」
「あんたが潰れたら、この艦やばいじゃないですか」
他人の声が、気持ちいい。
本当に、やばい。
我慢できなくなりそうだ。
「お前がいれば平気だろ」
アスランの、部屋の前まで来ている。
なんとか、ここで帰さないと。
「そりゃそうですけど。・・・・でも、あの」
そんなアスランの気も知らず、シンはアスランの瞳を見上げている。
「気になって。俺も、眠れなくって」
恐らく彼の持つものは、だから側にいて欲しいとか、そういう幼い欲求で。
けれどアスランには。
触れるほどのすぐ側に、人間の気配。
見上げる、心もとなさ気な赤い瞳が、アスランの弱い心をとらえて。
「・・・・眠れるように、してやろうか」
やめろ、と、何かが叫んでいた。
でも、目の前にご馳走。
この飢えを、一時だけでも満たしてくれる、甘い肉。
アスランは、シンの肩を抱いて、その首筋に、頬を寄せた。
いい、匂い。
生きている、人間の匂い。
まだ、幼いけれど。ちゃんと、雄の匂いがする。
直接触れた肌はあたたかくて、そこから、じんわりと溶けていきそうだ。
「アスランさん・・・？」
気持ちいい、シンの声。
触れた首が、わずかに振動するのさえ、心地良い。
それでも。
今の言葉の意味を、理解しない少年の幼さ。
それ気づき、ぎり、と、歯を食いしばって、なんとか、体を放すことに成功した。
成功した、のに。
その人の腕は、とっても気持ちよかった。
ヴィーノやヨウランとじゃれ合うときとは違って、緩やかな力。
首筋に、触れた頬の柔かさとあたたかさ。
わずかにかかった、吐息の甘さ。
気持ちよくて、このままでいたくて。
「アスランさん・・・？」
だから、その人が離れて行ったとき、思わずその腕を捕まえてしまって。
大きく見開かれた翠色の瞳。
きれいな。
捕まえた腕の手ごたえ。
今の自分の気持ちを、わかってくれる人。
あの子を、守れと言ってくれる人。
もう少しだけでいいから、離れたくなくて。
「あの、眠れるように、してくれるって」
どうするの？
無邪気な問いに、アスランの理性が崩壊した。
「ん、ふ・・・」
キスは、初めてじゃない。
セックスも。
でも、男の人とは初めてで。
シンは、少し戸惑うようにその人の腕を掴んだ。
さっきは、厚い軍服越しだったけれど。
今度は、素肌で。吸い付くような肌の感触と、その内の筋肉や骨の手ごたえをリアルに感じて、それが欲望につながるのが不思議だった。
アスランの部屋、ベッドの上。
眠れるようにしてくれる、と、言ったその人は。
思っていたよりもずっと白い肌と、しなやかな体をしていて。
優しい腕が、緩くシンを抱いてくれていて。
確かに、この体に好きなだけ甘えてしまえば、眠れるだろうという確信があって。
「いいんですか？」
「誘ったの、俺だぞ」
そう言った唇が、手始めにとシンの下肢に触れた。
「うゎ・・・」
いきなり咥えられ、舌を使われて、若い雄はたちまちのうちに猛りだす。
「元気・・・だな」
ほう、と、深いため息と共にそう言われ、シンは慌てて言い訳した。
「だって・・・アンタ、上手い」
「うん。俺は上手いんだ」
そう自嘲気味に言ったアスランは、濡れた瞳でシンを見上げた。
わずかに媚を含んだ仕草。
ぞくり、と背筋が粟立つ。
「だから、ちゃんと眠れるようにしてやるよ」
その代わり、俺も眠らせてくれ、と。
そう言った声の切なさに、シンは思わず頷いていた。
この人も、眠れないって。
ヒドイ顔して。
お互い、睡眠薬代わり。
そう思うと、気が楽だった。
「え、と。どうすればいいんですか？俺、男としたことないんですけど」
バカ正直に聞いてきたシンにくすりと笑って、アスランはつい、とシンの唇に指先で触れた。
「舐めてくれ」
「・・・・はい」
含んだ指は、ひやりと冷たかった。
でも、それに舌を絡めているうちに、少しづつ体温が移っていくのがわかる。
「もう、いいよ」
温まった指先が、ずるりとシンの舌を擦って出て行った。
なんだか少しもったいないような気がして、不満げにその人を見やると、アスランは少し笑って、その指を自分のそこに持っていった。
「んっ・・・・」
「ぅゎ・・・／／／／」
シンの前で膝を立てて見せ、濡れた指で双丘の狭間に触れる。
そんなアスランの姿は、少年には刺激が強すぎて。
「っ、は、ぁ・・・・」
しかも彼は、その指を中まで押し込み、小さく喘ぎながら出し入れし、指を増やし、広げて、腰を振って。
「アスランさん、あの・・・・」
「もう少しだけ、っふ・・・待ってくれ。久しぶりだから・・・・」
「いえ、あの」
シンは、我慢できずに綺麗なラインを描く腰を捕まえて、アスランの指の沈むそこに、触れた。
「俺がしちゃ、ダメですか？」
どうしても、そこに触れたいという欲求が強い。
ちゃんと全部したい、この体を支配したいと、雄の欲求が囁く。
「ん・・・いいけど、乱暴にするなよ」
「わかってますよ」
しなやかな指が抜けていったそこに、自分の指を押し込む。
熱い襞が絡み付いて、もうそれだけで気持ちいい。
「すごい、ここ・・・・」
「言うなよ、馬鹿野郎。・・・それより、ちゃんと慣らせ」
「はいはい」
さっきアスランがしていた指の動きを真似て、出し入れし、力を入れて、押し開いてみる。
「っあ・・・・」
他人にされた方がいいのだろうか。それとも、シンが下手なのだろうか。
アスランの反応は、明らかに自分で弄っていたときとは違っていた。
時々、少し固いところに指が当たると、びくりと体が跳ねて、吐息が震える。
「も、う、いいよ」
「さっき、まだって言ってませんでした？」
「いいから・・・・」
潤んだ瞳に、懇願するような甘い光。
自分のために開かれた体を前に、シンだって、早くさせてもらえるのに否やはない。
「じゃ、俺遠慮なんかしませんからね」
宣言どおりに、震える体から指を抜き出して仰向けに転がし、熱をはらんだ脚を大きく割り広げた。
今まで弄っていた場所は、すっかり解けてひくひくとうごめいている。
そこに、アスランの口腔と痴態ですっかり大きくなったものを押し付けて。
「っは、ぁ・・・・ふっ、んんっ・・・・！」
慣れたようにそれを受け入れたアスランは、それでも少し苦しそうで、シンはこのままこの体を貪りたいのを、少しだけ我慢した。額から汗に張り付いた前髪を除けて、閉じられた瞼の間、眉間に寄ったしわを、ぺろりと舐める。
驚いたように、翠玉の瞳が、開いた。
「もしかして、すっごい痛いですか？」
「・・・・いや」
緩く、細められる翠玉。
繋がった場所から背筋へ、粟立つような感覚が走る。
「大丈夫だ。動いて、くれ」
しがみ付くように背に腕をまわされ、耳元に感じたため息に、雄の衝動が限界を超えた。
遠慮なんかしないと、もう言ってあるのだ。何もためらうことはない。
シンは、熱く絡みつく肉を、奥深くまで犯し、引き抜き、その感触を心ゆくまで愉しんだ。
「あっ、ああっ・・・・」
上がる声。仰け反った喉。揺れる腰。
自分の下で、自分の行為に、感じて喘いで震える体。
確かに返る手ごたえと、反応。
つながった場所から伝わる、強烈な快感。
気持ちよすぎて、どうにかなりそうだ。
「アスラン、さん・・・」
今までやったことのある、どの女の子よりも、気持ちいい体。
どんなに激しく動いても、しなやかにそれを受け止めて。
「・・・っ！」
熱い肉の、その、奥。
その中に、全部、吐き出して。
「あ・・・」
中、に。
そう気づいて、やっと熱が冷めた。
「う、わ。すみません！」
しかしアスランは、平気だよ、とちいさく笑う。
「だ・・・って、中に」
「女じゃないんだ。かまわないさ」
少しかすれた、深い声。
ほの赤く染まった頬に、藍の髪が張り付いて、潤んだ瞳と共に、どうしようもなく情を誘う。
「でも」
呟いた唇に、身を寄せて、キスをしてくる。
「それより、もっと・・・」
自分のもので濡れたそこで、きゅっと喰い締められ、シンの熱が、また上がっていく。
「は、いっ」
再び深く身を沈めると、熱い襞が柔らかく迎えて。
全てを忘れる快楽に、もう一度、ふたりで飲まれていく。
ひとりでは、決して作り出せない熱のかけら。
誰かが、側にいてくれた証。
それがあれば。
とりあえず、この夜を、越えて行ける。
「眠れそうか？」
散々喘いだアスランの声は、甘くかすれて酷く艶っぽい。
耳に、心地いい。
「はい」
「そうか。良かった」
そう言って笑った翠の瞳。
それが、くすぐったくて。
「アスランさんは？」
「ああ、眠れるよ。ありがとう」
心地よく疲れた体を寄り添わせると、頭の中が、ふわふわと痺れてくる。
でも、眠る前にこれだけは、言わないと。
「あ、の。アスランさん」
「うん」
「俺、がんばります」
「・・・・ああ。がんばれよ」
するり、と長い腕が伸びて、シンの体を包んでくれる。
ひとりじゃない、ということ。
それが、こんなにもあたたかいものだったことを、シンは、ようやく思いだしていた。
少し湿っぽい、決して快適とはいえないベッドだけれど。
ふたり分の熱は、格別で。
互いのぬくもりが、つかの間の眠りを約束してくれていた。